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エジンバラ大学で歴史学を学ぶ 第8回 それぞれのプライド/「古典学」と「歴史学」の間

柴田 広志さん
留学先:The University of Edinburgh
留学分類: 大学院留学
専攻:歴史 MSc The Hellenistic World / School of History, Classics and Archaeology
留学期間:2010年7月~2011年8月

柴田 広志さん
私の留学記のタイトルは、
「エディンバラ大学で『歴史学』を学ぶ」
となっております。・・・何を自明なことを、と思われる方がすごく多いと思うのですが、意外とこれが、実は自明でもないということを、今回はお話したいと思います。

「歴史学」か「古典学」か

最初に申し上げておきたいのは、当地においては、ヘレニズム時代史(アレクサンドロス大王と、その後継者たちの時代の歴史)を専門とする私の学は「歴史専攻」ではなくて「古典専攻」に属する、ということです。この古典専攻には、ギリシア・ローマ時代(これを、専門用語で「古典古代」と称します)を扱う諸学の専攻者が所属します。別に歴史をやっている人だけがいるわけではない、ということです。例えば、日本で英語の先生を2年ほどやっていた、古典専攻のPh.Dの院生ニコルの専門はローマ時代の弁論で、彼女は日本で自分の専門を説明するときに、非常に苦労したそうです。で、
「ローマ時代の、・・・『歴史』をやっています、って説明してたんだけどね」
と私に語る彼女の口調は、苦笑交じりでした。これがイギリスなどであれば『古典学』で片付く話なのでしょうが、
『ニコルの専攻が「歴史」って無茶があるなぁ』
と思ったわけです。

そんなわけで、専攻内のアイデンティティも雑多でして、一度ゼミで
「君たちは自分のことを、何の専門家と自己規定する?」
とのお題で議論した際、出てきた回答は以下のとおり↓

「古典学者」「歴史学者」「考古学者」「美術史研究者」「古銭学者」

エトセトラ。最後の古銭学者には、思わず唸ってしまったものです。しかし、彼は実に堂々と誇りを持って自己規定していました。ただし、彼らに共通していることは、自分が古典専攻に所属しているということへの強い意識です。

「まったく古典系の奴は・・・」

私が籍を置いているのはSchool of History, Classics and Archaeologyの大学院コースです。現在、大学院生の研究室はひとつ同じところ、研究科の図書室も一箇所に統一されています。

しかし、実はこの状態になったのは、本当につい最近のことです。

現在、Schoolのメイン・ビルディングはメイン・キャンパスエリアの北西にあるOld Medical Schoolに置かれていますが、以前はGeorge Square東南隅のDavid Hume Tower(略してDHT)にありました。ここでは古典系は独立した図書室を所有しており、研究室も小さいながらも独立した部屋を有しておりました。

ここから完全に主要機能が移転したのは、2010年の10月末ごろのこと。最終的に移転する日、古典系はDHTの「お別れパーティー」を催して、別れを惜しんだものです。この日、パーティー前に、以前も名前を出したダグラス・ケアンズ教授が「ゆうパック」のダンボールに荷物を満載して、古い研究室から新しい研究室への引越し作業をしていたのは、半年ほどが経過した今でも良く憶えています。

それだけの時間が経ち、設備が一新されたにもかかわらず、古典系のある院生は、
「今でもDHTの方が好きなんだよな、俺」
と未だに私に語ってくるぐらいです。これは自分たちの分野に寄せるプライドが高いためでしょう。その所為でしょうか、今でもSchoolのパーティーなどが催される際、古典系の院生の参加率はきわめて低いということになります。パーティーに行ってみたら、古典系の院生が、新参者の私ひとりだけ・・・なんてことはザラにあります。ちなみに今年は、アースキン教授がサバティカルから復帰した関係で(例えば、私のような)ヘレニズム史を希望する院生の数が膨張したらしいのですが、そうした事情を考えると、School全体でのイヴェントにおける古典系の院生の参加者の少なさは、尋常ではありません。

では、古典系はパーティーをやらないのか、というとそんなことは全然ありません。むしろ大好きで(第1セメスターで、一体何回、寿司を巻いてパーティーに参加したか解らないくらいです)、ことに院生だけのゼミの後には、必ず大学敷地内のライブラリ・バーで皆で一杯飲んでいるくらいです。つまり、専攻としての独立意識が強いため、自分たちで固まる傾向が強いということです。そのため、他の歴史専攻の院生から、上に揚げたような苦笑交じりの苦情を言われる、ということになります。

こうした自分の所属分野に対する高いプライドは、私にとっては実はそれほど真新しいものではありません。例えば、私の日本での所属大学では、同じ歴史学科に属していても、考古学ゼミの所属学生は-その中でも特に院生は-、他の分野に対して
「俺たちは考古家なんだ」
という、技術者としてのプライドが高いところでした。私も一度、調査に参加させていただいたことがあるのですが、彼らのプライドには、非常に感じ入ったものです。
その経験から言えば、当地の古典専攻の院生たちの、
「俺たちは古典学者なんだ」
という高いプライドには、感じ入るものがあります。

このようなそれぞれのプライドに対応する為には、頭ごなしに批判したり、反発したりする、というのは、当たり前のようでいて実は愚かなことです。軋轢を生むだけ。 それよりは、・・・これは私が昔、特に中東をバックパッカーとして旅していたときの経験則でもあるのですが、ひとまず、

「それはそうあるものであって、ひとまずそのままで受け入れる」

というのが有効な対処法だと思います。その上で、相手の背景、文脈、そういったものに対する認識を深めた上で批判なり抵抗なりをする。そうしないと、本当に痛い目に遭う。これは、異国に来ているということを勘案すれば自然な対処法でしょうし、また同国人に対する接し方としても有効だと思います。

当地に来ている日本人学生は、私のような文系の人間もいれば、理系の人間も大勢来ているのです。普段の日本での人間関係の中では絶対に聞かないようなことが、お茶飲み話の場に供されるなんてことはザラです。そういったとき、
「それはありえない」
と自分の論を強硬に主張するよりは、先ずは聴きの姿勢に徹すること。それが大事なんだと思います。

このプライドという話、今度はまた別の角度からお話しすると思います。
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